昭和46年12月18日 月例祭における御理解
「難はみかげと。やれ痛たや、今みかげをと云う心になれよ」とも教えておられます。難がみかげと分からせてもらう、それを、実感させてもらう。いわゆる、此処で言うその事も神愛だと言う訳です。それが、本当に神愛だと分かる所に、難がみかげになるのであって。それが、分からなかったら、やはり難は難だと思うのですね。困った事は困った事なのです。けれども難はみかげと分からせてもらうと云う事。ね、
それは神様のいわゆるお心が分からなければならない。それこそ憎うて此の手が当てられ様かと云う親の思いとか、願いと言う物が、其処に込められての事が分かって、初めて難がみかげと云う事が分かる。難がみかげと分からせて頂けれる信心。そう云う信心生活を頂かせて頂く様になったら、この世には所謂有り難い物ずくめであり、有り難い物ばっかりと云う事になるのです。それにはやれいたや、今みかげをと云う心になれよと仰せられる。ね。其処の所を一つ分からせて頂かなければならない。
今日は御祭事の中に伊万里の竹内市長であります、竹内先生のお母様であります方の八十八の、満八十八の今日が丁度お誕生日に当たるそうで御座いますから、ね。何十里の道をいとわずに、八十八のお年をね、もう感じられない程しの生き生きとした若々しさでね、今日はお礼参拝があっております。先程玉串をあげられたのがそれです。玉串を上げ終わられてから私の方へこうやってから、もう感激してからお礼を申しておられる。私も思わず感激したらその時ねあの、お芝居でよく一心助けて云うのがある。ね、
あの一心助けのまあお芝居の様な感じでね、あの一心助けが魚のたらいですかね、あれをこう天秤に担いで。一心助けがね、魚の呼び売りの声を頂いた。どんなに頂いたかと言うとね、サバにカツオにぶりぶりと頂いた瞬間、ね。一心助けという事は、ね、それこそ女手一つで、先生はあそこまで、まあ育てられたと、育て上げられたと。とてもとても神様のおかげを頂かなければ、とても、とても神様におすがりしなさらなければ、とても出けなかったであろう、御自身の事と言い。ね、
先生をお育てになると云う事につけてもです。ね、本当に神様に一心助けじゃないけれども、一心に助けを願い続けられた事であろうと思う。ね。そして皆さんがご承知の様に、先年から伊万里市の市長としてのおかげを頂かれた。ね。まだまだ是からどこまで言うならば、立身出世がお出来になるか分からない。何処までお国の為に御用なさる、出来られる様になられるか分からない、と云う事をです、私はサバにカツオにぶりぶりと頂いた時にそれを実感しました。ね。ぶりぶりとはっは。
これからまだぶりぶりとしたおかげを頂いてお出でになるだろう。ね。其処にはです、やはりサバにカツオにと言う所が、長年の間の信心の内容でおありになったと、私は思うです。ね。サバと云う事はまあ魚魚と云うそのまあ、合楽風にね人偏に佐を書いた、佐田さんの佐。バは馬と云う字を書いて見て分かる、理解させて頂いたらいいと思う。ね。いわば、人間の持っておる剛とでも申しましょうか。または前々のめぐりとでも申しましょうか。の難儀の元と云う物がサバにはあるの。
言うなら卑しい心汚い心浅ましい心。ね。一心に縋られる一心に願われる。ただ願われただけじゃなかったろう、縋がられただけじゃなかったろう。どうぞ私が此処を辛抱しますから、私が此処を修行させてもらうから。願われる度にそう云う私は神様への願いが強く打ち出されて来た事であろう。言うなら私が磨きますから私が改まりますから。どうぞ、息子を世のお役に、神様のお喜び頂けれる様な御用にお使い頂けれるおかげを頂かせて下さいと云う、祈りが、願いがです、ね。
ややもすると、そしていわゆるカツオである。カツオと云うのは私は勝つとか負けるとかと云う、いわゆる勝ち抜かれた訳です。ね。是からもまあいよいよ長生きをして、させて頂いて。是から先生が、まだどれ程おかげを頂いて行かれるか分からない、そう云うおかげを、ね、しっかり是から頂いて頂かなければならん。いわゆる、後にはまだ、ぶりぶりと云うおかげが残っておる。
信心ちゃあ有り難いなあと、信心ちゃあ尊いなあと。ね、お婆ちゃんは、それは今日の心の中にそれを感じられておるだおると思う。本当に金光様一筋に、何十年の長い間、ね、様々な難儀な問題も御座いましたろうけれども、お取次ぎを頂かれて、おすがりさせて頂きながら、自分はいよいよ清まらせて頂く事に、改まらせて頂く事に精進させて頂きながら、祈り願い続けて来られた事だろうと思う。それが今日の竹内先生のおかげだと私は思います。ね。
私が頂いております御教え。ね、もう是は24~25年も前の話。教祖様の奥城で一生懸命御祈念させて頂いておりました。もう是が苦労の真ん中じゃろうかと思われる様な修行の激しい時代でした。ね。したら神様からお知らせを頂きました。四神様の御修行を頂いておる時分でした。ね。四神が三本鍬なら教祖は平鍬と仰せられた。ね。いわゆる四神様の御修行を四神様ご自身が、それこそ大変な御修行をなさった方なんです。ね。ですから、いわば一つの道順としてです修行させて頂いた。
もうそれこそ三本鍬で打ち耕される時には、もうそれこそ大変な難儀を感ずるものですね。言うならば、荒地荒れ屋敷の様な所を三本鍬で、いわば打ち耕される時ね。そう云う時にです、私の心の中に何時も有り難い、言うならば一番初めに申しました御神訓ではないですけれども、やれ痛や今みかげをと云う心が私の心の中に一杯であったと云う事ね。それは私の願いの焦点が変わって来ておった。おかげを頂かせて下さい、おかげを頂かせて下さいと。
今日そこの、古い私が書いた物を整理させてもらいよったら、ね。どうしたならば人が助かるじゃろうか、ね、成程教祖様は、此の方は人が助かる事さえ出来ればと仰った。そのお手代わりをさせて頂く、なら教師の面々がです。その御誠心をひた受けにに受けさせて頂いて。どう云う事になったら人が助かるであろうか。どうしたならば、教会の発展、ひれいが輝く事であろうかと、ね、思うたのでは御ひれいも立たなければ、人も助からんという事を書いた。ね。
おかげが頂きたいおかげが頂きたい。どうどうすりゃあおかげが頂けるじゃろうかと云う間は、おかげは、いんや本当のおかげにはならんと言うのです。ね。人が助かるのじゃない、ね、どうすりゃ人が助かるじゃろうかじゃなくて、どうすれば私自身が助かるであろうかと云う所に焦点が置かれなければならない。私が助かると云う事。それはどう云う様な場合であっても有り難いと云う答えが出て来る。神愛を悟らせてもろうて、ね、それこそ叩かれながらも有り難いと云う心なのです。
私が親先生にその当時にお届けをさせて頂いて事の中に、親先生これほど親先生に熱心に拝んでももらう、お取次ぎも頂いて願ってももらうけれども、願いと云う物は右と願えば左、左と願えば右と云う答えしか出て参りません。其処でいよいよ私も考えた。親先生もどうぞ、私の、どうぞおかげを頂きま様にと云う願いを止めて下さい。私にもやはり天地の親神様の願いというものが大坪総一郎にもかけられておるに違いはない。その神様の願いが成就致します事におかげを頂かせて下さいと云う願いに変わった。
ですから其処に、例えば難儀、それこそ三本鍬で打ち耕されるような難儀な中にあってもです、やれ痛や今みかげをと云う心が起こって来たんです。はあ、こんなにして、神様の願いが私の上に現れる事の為に、ね。この様にして私をお導き下さってあるんだと云う実感がです、ね、あの難儀な中に、本当に大坪さんそんなに有り難いとですかと、人から疑われるくらいに有り難くなって来た。ね。いわゆる、やれ痛や今みかげをと云う事がです、ね、いよいよ実感としておかげを頂かせて頂く様になった。
段々、四神様の御修行が終わらせて頂いて、教祖の神様の言うなら緩やかなとでも申しましょうか、大らかな修行に入らせて、まあ形で言うなら、表行から心行に入らせて頂くと云う時代。言うなら金が足りないとか、借金の苦しみとかと云う物から、ね、そう云う修行ではなくて、体に痛い痒いを感ずるのではなくて、心の上のいわば修行と云う事に変わってきた。いわゆる、教祖の神様が平ぐわの修行をさせて下さる。もう打ち耕された田んぼが平ぐわでこうやって綺麗になりを合わせて、ね。
そこに私のやれ痛や今みかげをと思う様な心。言うならば有り難うして有り難うしてと云う心。言うならば尊い心。ね、今日竹内のおばあちゃんがです、本当に信心っちゃあ有り難い事だ、尊い事だと。ようもようも合楽に御神縁を頂いておってなと云う喜びで一杯におありになっただろう。それがあのむせばれる様な感激になって来たのであろう。信心っちゃ有り難い信心っちゃ尊い。ね、それはね神様が有り難いのじゃない、おかげが尊いのじゃない。ね、サバからカツオに移られて行く過程。
言うなら、三本鍬で打ち耕される様な事もあったろう。血の涙を流されになるような時もあったろう、肉体を持っておられる方が、人間ですから、ね、一人身で立てられて行く為には体も苦しむもおありになったろう。ね、そこの所をですもう双包み生神金光大神に向かって縋っておい出られた。ね、そして私が改まりますから、私が磨きますからと云う信心になられた事に違いがはない。そこからおばあちゃまの心の中に有り難い心が起こって来た、尊い事になって来た。
信心っちゃ有り難い、信心っちゃ尊いものだと云う事になって来た。それは神様が有り難いでもなからなきゃ尊いのでもない。自分自身の心が有り難いのであり、尊いのである。ね。その心にいわばぶりぶりのおかげが伴うて来たのである。ね。私はお道の信心をさせて頂いてです、本当におかげを頂かせて頂くと云う事。ね、それはもう子の代から孫の代にいよいよ伝わって行くと云う確信の持てれるおかげ。しかも年勝り代勝りのおかげが受けて行かれると云う、いわゆるぶりぶりである、ぶりぶりである。
ぶりぶりする様なおかげになって行くと云う信心。教祖金光大神はそう云う道を教えられたのである。めでためでたの若松様よ、枝も栄える葉も茂ると言うではないか。此の方金光大神は家繁盛子孫繁盛の道を教えるのじゃと仰られる様に、その道を私共がです頭で分かるのじゃない、ただ心で分かっただけじゃない。長年の積み重ねて行くところのです、ね、真の道を辿り辿らせて頂いて、分からせて頂くおかげ。
それが、有り難いものになり、尊いものになる。もう自分の周囲はいよいよ有り難いもので一杯である。ね。そう云う自分の心が、自分でいわば拝ませて頂けれる程しの心と云う物がです、ね。子供に孫に伝わって行かんはずがない。代勝りのおかげが頂かれ、一年勝りのおかげが受けられると云う確信をもって、信心が進んで行けれるおかげを頂かなければならない。
例えば、お芝居、とくに歌舞伎なんかを見ますとね。叩かれても、殺されても、その叩かれる時の所作と言うか。殺される時の一つの歌舞伎の美学とでも申しましょうかね。それはもう、本当に身の毛のよだつような、ゾッとする様な、例えば仕打ちで殺される様な場合であってもです、もうそこに一つの姿と言うか、形と言うか。是が決まっておって、舞台を眺めておる観衆がです、はあ気色の悪かとは言わんでしょうが。その型そのものが素晴らしいのです。
其処に、例えば歌舞伎美と言うかね。私共がお芝居が好きであるが、そう云う一つ一つの型が素晴らしいのであろう様に。信心をさせて頂いて、段々分からせて頂いて。やれ痛や今みかげをと云う様な事がです、分からせて頂いたら、普通でなら血の涙の流れる様な所をです、有り難涙で受けておるとですから、神様が是をご覧になって拍手喝采なさらんはずがない。
信心するのに、どうしてこう云う事が起こるのだろう。是だけお取次ぎを頂いてお願いをしておるのに、こんな難儀なことになってと言った様な受け方をするなら、もう見ちゃおられんです。ね、神様からご覧になって、日頃なんの稽古をしとるだろう。福岡教会の総代さんに、大川からお参りになっておられた。ね。福岡におられる時分に教会にお参りをされる、一千五厘か、そのくらいの電車金の時分にです。その一千五厘の電車賃がなくて、難儀の当時に御神縁を頂かれたと云う方である、総代さん。
それが大川に移り住まわれて、そして、まあ成功された。で、総代とまでおとり立てを頂かれた。私も丁度その時にお参りし合わせた事がありますけれども。して、その後に三代の吉木先生のご理解を頂かせ、あの時にはあそうだったかと思った事があるんです。丁度ほうしたら新聞紙に丁度此の位、弁当箱んごたっとば包んであった。新聞紙の包み紙。そしてからあそこにポンと上げてから、おかげ頂きましたち言うてからもう、もうほれこそ、そう云う風な感じだった。
丁度お弁当箱ぐらいの大きさですね。それをその後の先生のお説教を頂かせてもらう時に、はああれが一万円札束じゃったばいの当時の。百円札ばっかりで、十円かな。何か兎に角その時代ですとにかく一万円。もうそれこそねもうそのそれに水引きをかけるとか、そんなもんじゃないんです。もう自分のモンと思うちゃなかと云う感じです。おかげを受けて、おかげを受けて有り難い。その有り難いがです、もうただ、新聞紙に包んで、ポンとこう、その当時に一万円がお供えが出ける程しの信心に進まれた。
大川で火事に三回遭われた一番最後の火事の時にはもう丸焼けであった。その燃え上がる自分の工場を、ね、眺めながら帳面つけ御座ったその帳面の一番初めに、ね、御礼お届け幾らいくらと云うのが一番口じゃった。もう次を建てられるとの計画をしておられる火事を見ながら。そして一番初めにね、いわゆるやれ痛や今みかげをである。今この様にして燃えさかっておる、もうまた灰になってしまいましたけれども是程しのお取り祓いを頂かせて頂いた事が有り難いとして、御礼いくらと本に書いてあった。
古屋さんなんかようこの話ご承知ですかね、福岡の御信者さんですから元ね。どうですか。いわゆる叩かれても、その叩かれたその姿が素晴らしいじゃないかね。それこそ気も転倒するごたる中にあってです、生神金光大神の御取次ぎを頂いて日々おかげを頂かせてもらっておる、そしてこう云う事が起こっておるのであるから、どうぞ火事避けして下さい、どうぞと云うのじゃなくてです、もう灰になる事が分かっておる。そこでこの灰になった事の御礼と云う物はさあどうさせて頂こうかと云う事が一番口。
全焼御礼。幾らいくらと書いてあったと、手帳に。ね、そう云う信心だからこそです、また、おかげを頂いた時もそう云う姿で現れておった。当時の、なら一万円の札束、丁度弁当箱ぐらいなもんでしょう。ね。それが、それこそ、もう私の物と、そう言ったもんじゃない訳ですね。もう、一切すべてが神様の御物としてのおかげ。そう云う、例えば信心をなさった。ね。私共の場合、例えばその難儀に直面した時です、ね。さあ、是をどんな風に受けようかと、やっぱ皆さん、合楽の方達は思われますね。
おそらく是程信心するのに等とは思われないだろうと思う。ね。これをいかにいわゆる、難はみかげにさせて頂くかと云う事。それにはです難その難をいわゆるみかげにする事の為にはです、ね。やれ痛や今みかげをという、その信心の内容が分からせて頂かなけりゃならん。やれ痛や今みかげをと云う心。ね、そう云う受け方。それを私は、ね、おかげに、おかげに取って行く、それが難にいわば打ち勝った訳である。だからカツオじゃなかろうかと私は思う。ね、サバからサバからカツオ。
サバにカツオにぶりぶりである。いわゆるぶりぶりのおかげを頂く為の、前程なのである。ね。またこう云う考え、またこう云う頂き方も間違いがないと云う考え方の中に、ね。例えて言うならば、此処に渋柿がある。ね、青い実の時にはもう渋いばっかり。段々色付いて来る。それを、そのまま放っておけば熟しになって落ちてしまうより他にはないけれども。ね、少し色付いた所にもぎって、それを皮をむく。ね、その皮がむいて、こうお天道様に当てる。ね、私はおかげと云うのはね。
自分の心の中にね、どんなにあの人は仏様の様な人じゃ、神様の様な人じゃと言うてもです、やはりその剛と言うか巡りと言うか。または自分は神様の事を思うておっても、神様の目からご覧になれば、ね、いわうる人間の渋と言った様な物がです、ね、抜けきらなければならない。だからわざわざ、ね、丸裸になさる様な場合もあるのです。私共の場合がそうだった。身の皮はいで借金払いをさせて頂いても、とてもとても足りなかった。ね、だから皮をむかれる時にはちょっときついけれどね。
けれどもさあ今申しますように。ね、やれ痛や今みかげをという時だったらです、云う。心が分かっておったら、皮をむかれる事もまた有り難い。そして、ぶら下げられておるのは、もういよいよ辛い。その間に渋が段々抜けて行く。本当の信心が分かって来る。ね。昨日私も、久しぶりで両親のところに、十分ぐらいでしたか、十時半ぐらい。まあ、今日はゆっくりしようと思い、昨日は思うておりましたら、すぐお風呂が沸いたち言うてから嫁が言うて来ましたから、立ちましたけれど。
丁度夫婦でテレビを見てから、テーブルを囲んで干し柿を何処からか頂いておると云うを、こうやって小さくこうやって頂きよった。さあ、あんたも頂けと言うてね。私が両親の姿を見て思うた。はあ、この干し柿の美味しさと言うか、旨さと言うか。白粉を吹いてもう食べにゃおられんごたる。とても、砂糖どんが勝つ事じゃない程しに、甘くなっておるその「ひ柿」を私よばれながらです。今、両親の姿がこう云う物ではなかろうかと。何十年間、いわば私共が手足が伸ばせて頂いた。
やはり竹内先生のお母さんと同じで、やはり金光様一点張りに一心にお縋りさせて頂いて、おかげを頂かれる、今日のおかげを頂く迄にはです、やはり、是が皮をむかれておるのであろうか、是がぶら下げられておるのであろうかと。今こそ、四神様の御修行を受けておる時であろうかと云う時を、やはり通って来ておると云う事。私がその干し柿をよばれながら、そう思いました。お互いが年を取らせて頂いてから、此の様に年を取って、此の様におかげを受けて行かなければならないなと。ね。
だからそのおかげを、いわゆるぶりぶりとと云うおかげ。ね。今日は先ほど三橋先生が前講の時にお話申しましておりました様に。起工式が御座いました。本当に私はあちらの業者の方、今日は初めてあちらの社長が見えられましたが、成程神様が沢山の業者の中から、三和でなかにゃいかん、是が後にはいかんと言いなさったはずだと思うのを、ますます会う度に思うんですけど、今日はその社長と云うとに初めて会ってです、秋永先生と話した事でした。大きくなる人は違うですなあち言うて、言うた事でした。
素晴らしい人格である様に思う。ね、人間が大きい。今ボルネオでまあ仕事をなさっておられるそうです。まあ、資源開発と云う訳でしょうか。ね、それがね、私の願いと云うのは、成程、此の御用がです、三和がいっちょ儲け出したならすぐ引き上げようと言った様な物がなくて、是が、お国のお役に立たせてもらうと云う事が有り難い。しかもそれだけではない、ボルネオがです。
私共の開発によって、ボルネオ自体も助かって行くと云う事をです、私の是は願いとしておりますと言うて、お茶の時に話しておられました。ね。もう自分が助かりさえすりゃ良かと言った様なケチな考えじゃないの。こう云う方が、お道の信心でも頂かれたら、素晴らしかろうと私は思いました。今日は若先生が祭主でおかげを頂きましたが、その起工式を、その御祭事を頂かせて頂きながら、私の頂いたのは大きな果物かごです。あそこにある、一つの果物とを。
その果物かごに、果物ではなくてね、もうそれこそ水のひたたる様な色々な野菜がいっぱいそれに盛られて、お供えしてあるとこを頂いた。で私は直感した事はです。いわゆる、果物かごと云う事は、果物と意味する事であろう。もちろん果物とか野菜とかと云うのは、もういわゆるフラッシュと云うですか、新鮮と言うですか。ね、その新鮮さが値打ちなのである。野菜のしおたれたり、言うならば果物が、ね、もうパサパサになっとるのでは、もう果物の値打ちが無いよう様に。ね、
信心にはその、生き生きとした、いわゆる三代金光様が仰る、日に日にさらと云う心の状態が必要なのです。それで、式が終わった時に、業者の方にも御信者さんの方にも私がお話した事でしたけれど、ね。こうやって起工式の時にお互いが生き生きとした此の心をです、最後まで持ち続けるおかげを頂きたいと云う事を。所が持ち続け様と思うても、持ち続けられんのが人間なんですけども。そこに信心の道があるのです。ね、どうしたならば、何時も日に日にさら
(途中切れ)